托鉢
きのうはやっと朝6時に起きて、6時15分ころメインストリートにたどり着き、寝ぼけまなこで「托鉢どこ?」と出会い頭に会った日本人に聞くと「もう終わったよ」と冷たくあしらわれた。ずっと托鉢を見たかったのだが何度もおきれずじまいで(時計を持ってこなかったといういいわけもあり)昨日からたまたま部屋をシェアすることになったノブさんという女性が「5時40分よ!!」と起こしてくれた。彼女と一緒に急いで支度して外に出ると。いたいた。僧侶の列。まるでアリの行列(失礼)のようにずらりと長い僧侶の列が道を歩いていく。
町の人々は巻きスカートを履き、上着の上からは細めのスカーフを方からかけて伝統的なラオスのスタイルでスリッパを脱ぎ、ござの上にはだしで正座している。
写真を撮ろうとしているとざるを両端につけた天秤棒の女性が真横に立っておりバナナの皮で巻いたお菓子を私の体になすりつけ、「これで托鉢しなさい」と無言の圧力。朝もやのかかる神聖な雰囲気を唯一ぶち壊す押し売りだ。ござの上に正座するこの町の住人たちは誰もがみな竹で編んだバスケットを抱えている。もち米が入っていて、髪をお団子に結い上げた女性たちがにっこりと微笑み「ここに座りなさい」と自分のござの横を空けてくれる。
ござに座るとこれを入れなさい。ともち米のおひつを私に向けてくれる。彼女がしているようにもち米をひとにぎり指でつまむと熱々だ。ということは、このお米をたくために少なくともみな1時間前には起きて用意をしているということは町中の人々は、朝4時台には起きているということ?このあたりの道を歩いているとほとんどの家は木炭で料理をしているから、結構大変だろうな。
そして、一握りつまんだもち米を、おぼうさんが肩から斜めにかけているお櫃の中に入れる。次から次へとエンドレスにお坊さんが来るから、急いで入れないといけない。5.6人に入れるだけでも結構めまぐるしい。1000人いや2000人以上はいるであろうか?もちろん坊主でしかも眉毛までそってあるからちょっと怖い。ちょっと前に、プーシーの丘で会った沈む夕日を眺める外国人を相手にすかさず英会話を勉強しようと話しかける屈託のないお坊さん達と違って托鉢の列を成すお坊さんたちはみな
無表情でつまらなそうだ。しかも猛烈に早くすたすたと行ってしまうので写真を撮ろうと構えるたびに走ってついていかないと間に合わない。お坊さんの一群が通り過ぎると。町の人は女性も、男性も両手を合わせまるで仏像を拝むように過ぎ去っていくお坊さんを拝んでいる。どういうお願い事をしているのかわからないがかなり長い間合掌している人も多い。
かなり大部分の住民がござに座り、僧侶は町中の寺に戻っていく。。
これが今日だけのことなら大して驚かないかもしれないが。
なんとこの町ではこれが欠かすことなく毎日、500年も続いているというこの風景。
こんなに感動しことって最近ない。