今回香港に遊びに来てくれたHさんが珠海へ行くフェリー埠頭で衝撃的なことを話してくれた。
今まで彼女とはいろんな話をしていたつもりだけれど
私は彼女の大事な部分をしらないでいた。
それはお父様が、長い間シベリアで捕虜になっていて、周りの戦友ほとんど全員を失って日本に戻ってきたということ。
「こんなところでは死ねない」その一つの思いを胸に生き延びて戻ってきた。という彼女によると、よく目にする戦争体験記なんて実は甘っちょろい話らしい。
本当につらい体験をした人は思い出すのもいや。考えるのもいや。口に出すのももちろんいや。
それくらいおぞましいもの。だから実は本当に恐ろしい話は、私たちの耳に触れるようなことはないのだという。
実際、水牢にはいっていたという。
要介護認定5になっている今でも、「拷問を受ける」とか「にげろ」とか
捕虜時のとんでもない悪夢にうなされ続けているという。
人間の深層心理の奥深くに入り込んでしまった過去の記憶というのは
地下深く燃え続けているマグマのように消し去れない。
今でも戦争が起きているということは、そういうおぞましいことが世界のどこかで起こっているのだ。
彼女は「私はどんなことがあっても戦争反対」といった。
私はうれしかった。
戦争に関していろんな議論をするとき。「絶対的な平和主義者だ」というと
「なんて理想だけでものを言う。。世間知らずなお気楽な奴なんだ。」と言われたりする。
前に確かアインシュタインと日本の哲学者が核について激論を交わした
往復書簡が今年公開されたが、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050721-00000287-mailo-l34
そのなかにアインシュタインの
「私は絶対的平和主義者ではない」という文章があった。それがひどく印象的だ。
彼の文章の中からは、彼が原爆をつくりだしてしまった苦悩、そして、自分の考えと
現実のつじつまを合わせようとする葛藤が読み取れる気がした。
アインシュタインが言うことを極論して
「理由があれば戦争をしてもいい。」ということになれば、どんないちゃモンをつけてでも
どんな屁理屈をつけてでも戦争は始められる。
実際戦争の起こったきっかけはあるにしても本当の理由ってよくよく考えてもよくわからないことが多い。
アヘン戦争にしても、ベトナム戦争にしても、今起こっているイラク戦争でも
本当は相手の「何かがほしい」のならすっきり理解できることばかり。
結局戦争で死んでしまうのは社会で普通に暮らす何の罪もない人々や、若く兵隊として借り出された社会の底辺にいる人々。そして残された家族が多くの苦しみと寂しさを一生味わい続ける。
絶対的平和主義にみんながならない限り「理由があれば戦争していい」というのであれば
世界中からいつまでたっても侵略戦争はなくならない。
そうそう香港に住むMさんが、アメリカが過去に起こした戦争について、いろんな正式な文書を
参照して説明したというすごい本を見せてくれた。これを見たらアメリカ人も自分の国が一体どんなことをどういう理由でやってきたかがわかるようだ。
アメリカ人の著者なのに、アメリカのアマゾンでは買えなくて、イギリスのアマゾンでしか買えないという。
今度その本をまた教えてもらうのでそのときアップします。
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