以前、バティックでアオザイを作ってからさらにバティックにはまってしまった。。。
布地でみるとバティックって地味であまりにエスニックでちっとも好きじゃなかったのに洋服にしたとたん不思議な雰囲気が出る。
洋服も、平面でみるとやっぱり地味でとてもわたしは着れないと思うのだけれど実際、着てみるとがらりと変わるのです。
派手ではないけれど無国籍な存在感。
それに肌にさらっとはおうようでものすごく軽くて気持ちがいい。できればそのまま寝てしまいたくなるほど。
家に帰って 今まで持っていた服と比べると、いままで持っていた服が全部嫌になってしまうほどの布地の質の違い。
考えてみれば 当然だ。ろうけつ染めの気の遠くなるほどの手作業とその工程。
化学繊維と、化学染料で作られた布地が、大きな工場でいっせいに裁断されて縫い合わされていく
のとは比べ物にならない気の遠くなるような時間と手間がかかっている。
そういえば 思い出したことがある。 ベトナムの少数民族であるモン族のこどもが村に観光に来る外国人の印象を「色が白くて顔がとても綺麗。だけどとても安っぽい服を着ている」と言っていた。
彼女たちは自分の着る洋服に毎日暇を見つけてはせっせと1年近く細かな刺繍を施して服を仕立てあげる。
それに比べれば大量生産の服の作られるスピードは超音速、純粋な原価は数百円程度だろう。
「この紺色は、よーくみていると いろんな色が見えてくるの」
と自身の藍染の服についていっていたモン族の子供。わずか7,8歳にしてはすごい感性だ。
わたしは少数民族の服を着てみたことはないけれど
このバティックの服を着ていると 大きな時間の流れをまとうような
幸せな気分になる。少々のことはどうでもいいこと。気持ちがゆったりする。
もうこれだけでいい。他に服は要らない。とすら思える。
この仕立てをしてくださったZAKKAのオーナーマダムも
「バティックの服を作ったら、いつも洗ってそればかり着ているの。
だからいつも同じ服ばっかり。」
とおっしゃるのもうなずける。それでもいつもとびきりおしゃれな印象だ。
「日本に帰って、いろんな店を見て回ってももちっともほしい服がない。
あったとしても デザイナーズブランドの一点ものだったりするけど
それでもめったにほしい服がない」とおっしゃっていたのもわかる気がする。
バティックの服、ウエストをたくし上げてチュニックみたいに着たり
布の中に入っているひとつの色と同じ色のアクセサリーをしてみたり
ぜんぜん違う色のアクセサリーを指し色にしたり 今までぜったい似合わないと食わず嫌いだった
色のアクセサリーが使いたくなったり、襟を立てたり寝せたり、ベルトをつけたりつけなかったり
普段はそんなことちっともないのに この服だとものすごく想像力がかきたてられる。
たぶん布地自体がすでに芸術品だからだろう。どう手を加えても芸術的になる。
今となってはいろんな服を持ってしまったけれど
出来るなら 大好きなバティックの服を いつも大事に着ている
そんな生活がしたい!!!
Zakka ザッカ |
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住所: 134 Pasteur |






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