「脳の右側で描け」この本、だいぶ前に古本屋をぶらぶら回っていたら見つけて超面白そうなので買ってみた。
要は「ものを見る」と言うことを脳から科学的に考え、「学ぶことができる機能としての絵を描くこと」を教える本で、分量もあってかなり説得力のありそうな本だ。
中学の美術の先生は有名な画家だったのだが、デッサンのときに「よーく見るんだ。よーく見るんだ。」と「よーく」の部分を深ーくゆっくりした声で言っていて、まるで呪文をかけられたかのように取り付かれたように鉛筆を動かしていたのが思い出される。中学一年の夏休みにその先生は亡くなってその授業を受けることはなくなってしまったのだが、その先生の「よーくみるんだ」という声は今でもスケッチをするたびに耳に残りる。
絵を描く基本と言うのは「とにかくよく見ること」につきるのではないか。と思う。「よーく見ていれば」黄色いバラの花の中にも茶色や、オレンジや黒や緑や黄緑、そしてなんとなくピンクや赤も入っているように見えてくる。蟻んこでもなったつもりで、気がついたら自分が花になっているんじゃないか思うくらい一体化して見つめ続けているときっと色が見えてくる。
ところで色立体というものを見て、言語も色立体に似ているなと思いました。
たとえばAIUEOの音もフランス語だとAとOの間とかAEの間とか
AUのあいだとかベトナム語だとAIの間とか、OUの間とか中国語だとAOとかにちょっとRが入った音とか、日本語にはならない微妙な発音が主要な母音になっていたりする。。実際にAとOの間に口を開いてのどの奥、口先、舌などを微妙に変えて音を出していくと無限に音が出てくる。
この無限の音の出し方によって世界中のあらゆる言語が構成されいると考えると、まるで色立体にそっくりだ。
一口に赤といってもさまざまな明度、彩度、色相の赤があるように日本語ではアイとしか書き出せない音でもさまざまなアイの音がある。
言語の習得法でも、「ひたすら聞け」というのが基本である。
赤ちゃんも長い間しゃべらない時期があるがそれは何もしていないのではなく膨大な音をひたすら聞く作業をし、その後バブーバブーかウーウーとか口の練習をしながらマンマ。とかママとか言えるようになっていく。。。
言語をひたすら聞くと言うことは、無限に存在する音をできるだけ多く聞きえ分け、その特定の外国語習得のために必要な発音がきっ知りできるようになること。それを色立体になぞらえると無限にある色をできるだけ多く見分けることなのではないかと思う。
昔何かで見たのだけれど、ある父親が息子に「勉強はしなくてもいいからその代わりに本を一日50ページ読むか、それか、絵を一枚描くかどっちかをしなさい。」といったらしい確かその息子は偉大な画家かなにかになったのだと記憶する。
よく画家とかのインタビューを聞くのだがこの人たちの観察力ってすごいと思う。
「あなたは絵で何を表そうとしているのですか」見たいな質問にまるで哲学者のようなことを誰も使わないようなオリジナルな言葉を使って話をする。。
この「脳の右側で描け」の本の隅っこに、「描き方を学ぶのは、本当のところ、ものの見方ー正しい見方ーーを学ぶことであり、それは単に目で見ること以上を意味している」
ーーキーモン・ニコライデス『自然な描き方』とある。。
よーく見ること。ひとつのものをものすごく深く見つめていくことで、万物に共通する本質に突き当たるのではないかと思う。。。
「よーく聞くこと、よーく見ること。」学ぶということの基本はそこにあるんじゃないかと思うのだ。。
今度はこれも買ってみたい。
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